『愛惜』






手を繋いで一緒に歩いていても、不安げに後ろを振り返る、そんな君に恋をした。
そんなの考えすぎだって、もっとアンタを包むこの世界は光りに溢れているから、前だけを、そして隣でアンタを見つめている俺に気付いて。
大丈夫、怖いものから、全部守ってあげるからさぁ。


俺を信じて。


今日は、いつも以上に無口。話しかけても、上の空。視線は常に俯き加減で何処か虚ろ。
過った嫌な予感は現実のものとなるだろうが、諦めの悪い性質の俺は、溜息をついたりめげたりはせず、いつもより落ち着いて、本当はまるでないのだけど、この場合必要となる大人の余裕すらを湛えて、彼に接する。
見せかけだけの優しさで手を伸ばし誘う、飲みこまれそうな深い闇に、彼を奪われる訳にはいかない。
彼をどうしても連れていくというのなら、俺も共に落ちていってやる。
地獄の果てまで、俺たちは一緒。
そう俺が決めたんだから。
指切りも、誓いも立ててはいないけれど。

応接用のソファの上でまるで子供のように膝を抱えている。その視線の先に、暗い事件ばかりを流すテレビニュース。
ぼんやりとした瞳で、ただ眺めているけれど、興味を引かれている訳ではないだろう。
元々、世間の暗いニュースなんかに心を痛めない性分の俺たちだ。
そんな薄情とも言える俺だが、今の彼を見つめていると心臓がちくちく痛む。
いつもより甘めの珈琲を注いだマグカップを持って、彼の傍へと近づく。
はい、と彼へ珈琲を手渡して、一瞬俺に向けられる、まるで空虚な彼の青い瞳に、またちくりと痛むこの胸は、確かに俺が彼に囚われているという証。
少しだけ触れあった彼の指先に、もっと触れていたいと疼く指先を堪えて、俺は微笑む。
隣に腰を下ろす前に、俺はつけっぱなしのテレビの裏側に回ると、勢いよくコンセントを抜いた。
プチンと音を立てて、画面は真っ暗。
それでも、ぼんやりとそんな画面を眺めたままの彼に近づいて隣に腰を下ろす。
伸ばした両手で彼の頬を包みこむと、自分の方を向かせた。

「俺を見て」

あんな暗いニュースを眺めているより、俺を見つめていた方が、ずっと楽しいぜ、と囁いて微笑む。
何度かゆっくり瞬きをして、見つめ返すその瞳には俺の姿が映し出されている。
ずっと、この瞳に囚われることができたら、と俺はあるはずのない幸せを思う。
あまりにも長く、飽きることもなく、黙って見つめ続けている俺に、彼は少し困ったような表情を浮かべて、唇を開いた。
聞き取れないほど小さく、掠れていた声は、俺の元にだけ届く。
俺だけにわかる、彼の言葉。
俺だけに届く、彼の声。
うん、と俺は頷いて、微笑んだ。
自然に伏せられる瞳を縁取る長い睫毛に、雫が溜まっていないことを確認して瞼に口づけて、微かに漏れた吐息に誘われるように、口元へと滑り落ちる俺の唇。
小さな抵抗の声すらも奪い取って、息継ぎの合間に囁くのは愛の言葉。

「愛してる」

言い聞かせるように、刻みつけるように、けして忘れないように、何度も。
彼の為に用意したのに、存在を忘れられ、冷めてしまった珈琲を嘆く余裕は、もう俺にはない。
いつもより頼りない手首を握って、何処にもいかないように頭の後ろに手を当てて引き寄せて。
息を乱していく、足りないと求める、奪う呼吸、濡れた青の瞳に映る俺が揺れた。

大丈夫、何も怖くないから。
俺だけを見ていて。

囁く言葉は、残酷に甘く。
彼に触れる俺の指先は、これ以上ないほどに優しい。
その俺に身を委ねる彼を、彼の抱える闇を哀傷を、その罪と罰を、俺は深く、狂おしく、愛す。