『この我儘な僕たちを』










それは、些細な口論が始まりで。
強情な恋人の容赦のないキツイ言葉と冷たい態度も、いつもなら、そういう所も可愛いと、俺が折れてお終い。
そんな簡単に終わるはずの喧嘩。
だけど、何故か今日の俺はそんな気になれなくて、売り言葉に買い言葉。
慣れているはずの強情ぶりに、呆れて溜息が出て、力なく笑う。
そんな俺に恋人は眉を吊り上げて、俺を睨みつけていた。
そして、罵り合いに疲れた俺は、乾いた笑いを洩らしながら口を開く。
俺が嫌なら、お望み通りアンタの前から消えてやる、と大人げなく言い放って、俺は部屋を飛び出した。
季節は変わろうとしている頃だが、未だ夜は寒い。
外気に晒され、その寒さに身ぶるいをし、一瞬で目が覚めた。

何、やってるんだか。

我に返った俺は、事務所の方角へ視線を向け、一人彼が残った部屋を思い浮かべ、その空間の寒々しさに、後悔の溜息を吐いたのだ。

さっさと帰るのもバツが悪く、ふらふらと街を彷徨い一夜を明かしたのが悪かったのか、恐る恐る俺が戻った部屋には、既に彼の姿はなかった。
うさ晴らしに、仕事に出かけたのか。
恋人の苛立ちを物語る破壊されスプリングが飛び出しているソファに座り、どんな顔で彼を迎えようか、そんなことを思っていた。
しかし、幾日が経過しても、恋人が帰ってこない。
いや、正確には帰ってきてはいるらしいが、運悪く自分の仕事と重なり、顔を合わせることが出来ず、会えない。
まさか、わざとかと疑うほど、完全にすれ違いの生活なのだ。
いつも暇を持て余しているはずの二人なのに、こんな時に限って。
こんな偶然があるのだろうか、それとも俺は捨てられたのか、と俺は今夜も帰ってこない恋人に書置きを残し、苛立ちを紛らわすための喧騒と酒を求め、誰もいない部屋を後にした。



夜も更け、ちっとも酔えない自分に嫌気がしながら、今日も一人であろう、二人の住居兼事務所へと戻る。
冷え切った室内に、ちゃんと一人で眠れてるのかな、と寒がりな彼を思う。
ああ、何故あの時にすぐ彼を許さなかったんだろう。
こんな想いをするのなら、俺がどんなに罵られようとも、悪者にされようとも構わず、抱き締めれば良かった。
そして、いつものように、そんなアンタを愛してると囁けば良かったんだ。
あの時の俺は、どうかしてたんだ。
だから、こんな馬鹿な俺を許してくれよ、ハニー。
溜息を吐きながら、自室の扉に手をかける。
見なれた自分の部屋、俺を迎えてくれるひとり寝の寂しいベッド。
「……」
言うべき言葉が思い浮かばなくて、俺は傍から見れば怖いと言われかねない、強張った表情のまま立ちつくしていた。
「……」
俺の気配に気づいているであろう彼も、顔を上げることはせず、沈黙を守っている。

「そこ俺のベッドなんだけど」
ようやく発した声は、自分が思うよりもずっと冷たく、微かな苛立ちさえ孕んでいた。
「…知ってる」
それの返す彼の声の響きも、何処か刺々しい。
にじり寄る俺と、ベッドに横になったまま、身動きしない彼。
あんなに会いたかった相手なのに、いざ目の前にすると、上手く言葉が出てこない。
「何でそこで寝てるの」
「……何処で寝ようと俺の勝手だ」
呆れるほど強情な彼の相変わらずな物言いは、俺の苦笑を誘った。
「じゃあ、俺は自分のベッドで寝るけど、構わないよな」
「………」
俺に背を向けている彼の肩を掴んで、正面を向けさせた。
ゆっくりと目を見開き、俺の久しぶりの姿を瞳に映しながらも、彼は不機嫌そのものの口元を変えない。
それが俺の恋人である、彼だから。
彼の身体に覆いかぶさる様な体勢で見下ろして、顔の両脇を挟むように両手をつく。
どう足掻いても逃げられないような状況で、俺は口を開いた。
「寂しかった?」
「………まさか」
嘘つき、じゃあ、何でここにいるの、と敢えて問い詰めることはせず、唇が触れ合うぎりぎりの距離で囁いた。
「なぁ、もう仲直りしよう」
悪いのはお互い様。どちらが悪いなんて、不毛な言い争いは止めにしよう。
じっと瞳を覗きこめば、感情を素直に映して揺らぐその青の色。
「……」
何かを言いかけた唇を奪うように口づけて。
何度も何度も触れるだけのキスを繰り返す。
その最中に瞳を開き彼の様子を伺うと、困ったような表情を浮かべ俺のキスを受け止めていたから、可愛くて、舌先でその唇を何度なぞり舐めた。
やがて吐息と共に開いた唇の中へと招かれて、出来るだけ優しくゆっくりと彼の舌を味わう。
俺の胸元に彼の手が触れ、徐々にそれは上へと移動し、最後に俺の首筋へと両腕が絡みついた。
吐息を絡め合いながら伺いみた彼の瞳は、熱く潤み、うっすらと染まる頬と共に俺の胸を焦がした。
「ごめん、俺どうかしてた」
「………」
「俺、ずっとアンタの傍にいるから」
「……」
ぎゅうと抱きしめ、見つめ合いながら囁く言葉に懇願を込めて。
「アンタも俺の傍にいて」
なぁ、もうこんな辛いのは懲り懲りなんだ。
弱さを隠しもせず伝えると、彼の口元に苦笑が浮かび、そうだな、とだけ返ってきた。
「消えるなんてもう言わない。ずっと一緒にいような」
な?と念を押すように囁き続ける俺に、恋人は、そうだな、と同じことをもう一度言い笑った。
こんなにいい台詞を言ってるのにそれだけか、と不服そうな俺を宥めるように微笑んで、彼は口を開く
「…大丈夫」


お前を見捨てる時は、ちゃんと俺の口から言うから。



素直じゃない恋人はそう言い放って、俺の唇に裏腹な甘いキスをくれた。
ああ、もう本当にアンタは強情で意地っ張りなんだから!
しっかり心臓を鷲掴みにされた揚句、弾丸で撃ち抜かれて、俺はもうアンタから離れられないじゃないか!
翻弄されている、と分かっていても、その状況が快感なのだから、もはや救いようがない。
恋人は情けない顔をしているであろう俺を見上げ、何だか満足そうに笑ってから、俺の腕を引き隣へと導くと、おやすみと呟き、それを抱き枕にして目を閉じた。
それを見つめながら俺は、アンタには勝てないよ、と溜息交じりに囁きその頬にキスを落とす。


明日は破壊されたままのソファを買いに出かけようか。
二人、手を繋いでさ。
ようやく腕の中に愛しい人のぬくもりを取り戻した俺は、今夜こそぐっすり眠れるような気がした。










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